
最近気付いたこと。
私、料理が好きかもしれない ということ。
本格的に料理と向き合い始めたのは本当に最近で、
一人暮らしの時なんてほとんど包丁は握らなかったし
結婚してからも「仕事と両立なんだから」と適当な料理しかしてなかった。
同居を始めてからはキッチンの共有がすごーく面倒で、
なるべくキッチンにいる時間を減らすように使ってたし。
そんな私が料理と向き合うようになった訳。
それは姑からの解放。 (いや、独立?)
同居とはほんとうにややこしいもので、
さらに私も意地っ張りな性格なものだからうまくやれないことが多い。
食事についてもそう。
もともと世帯の食事は時間も中身も別々なんだけど
前はたまに自分たちのご飯が用意してあるときがあった。
生活費に「子供の食事を作ること」が含まれていると思ってた姑。
そんなこと知らずに「なぜか用意してある日」と「用意していない日」があり、
その「なぜか用意されている日」に感謝すべきか、「といっても作るつもりで
材料買ってきたのに・・」と口にできないストレスを抱えていた私。
それがある日、
「食事はもう作りたくない。その分生活費は少なくするから」
と言われた。
「えー! 生活費に食事代含まれてたの??」
とびっくりだったけど。
でもそれからかなり気が楽になりました。
必ず作らなければならないというのはかなり大変だけど、
でも余計な気を使わなくてもよくなった分、気が楽。
自分のペースで準備もできるし。
そのせいか、それ以降キッチンに立つ時間が長くなりました。
始め大変だった献立決めも今では習慣となってきたし、
物をきざんだり煮込んだりする時間が逆に落ち着けるようになってきた。
考え事しているようで何も考えていない。
まずあれから作って、次に何をしようとか考えてるから
やっぱり一心で料理をしているということになるのかな。
料理は一品できたらそれが達成になるし、
夫はどんな料理でもかならず「これおいしい」と言ってくれるから
努力も毎日報われる。
何より家族の手で作ったものはおいしいし愛情を感じる。
コンビニ弁当はおいしい物でも一週間経てば飽き飽きするけど
手作りのお弁当なら毎日似たような物でもぜんぜん飽きない。
料理の楽しさに気付けて良かった。
同居もいろいろあるけれど、
でも同居してなかったらここまで料理するようになったとは思えないし。
人生いろいろですよね。
世の中に無駄なことなど一つもなし。
コメント (2)
興味深く読ませていただきました。
「世の中に無駄なことなど一つもなし。」
に激しく同意。
気に入る物を探し求めていろんなお店をまわっていて、
ここにもなかった次の店へということがあったとき、
娘が「ここへ来て無駄だったね。」と言うので、
無駄じゃないよ、ないってことがわかったんだよといって、
人生においても然りという具合の話をして聞かせたことがありました。
例えが適当かどうかわかりませんが
何事もプラスに考えていくのって楽しいですよね♪
投稿者: kao | 2007年12月07日 18:09
日時: 2007年12月07日 18:09
kaoさんコメントありがとうございます。
おー、同じお気持ちなんですね!
そのときは辛かったり悲しかったりしても
人生の出来事ってやがて自分の実になることがわかるときが来ると思います。
昔のあんなこともこんなことも、後悔し続けるより「あの出来事があったから今がある」って思っていたいです。
娘さんと雑貨めぐりされるんですね。
すごく楽しそうでうらやましいです☆
きっと娘さんもkaoさんみたくセンスが良いのでしょうね!
投稿者: Daisy | 2007年12月09日 07:39
日時: 2007年12月09日 07:39